Short Story

【夏に絡む夜半の飴玉】
窓から覗く針葉樹の隙間が、まるで嗤った貌の様に見えた晩のことでした。
夏のはじめ、何故か昏い筈の窓の外を薄紅と捉えた僕の眼は異常なのでしょうか。
口に含む、時代錯誤なイチゴ飴。甘ったるく絡み付くそれは、一層苦いと錯覚させる程、現実を口内から略奪してゆきます。
唾液に混じるえぐみは瞬く間に咽喉へと滑り込み、湿った外気は肌寒さを拭えぬ僕に纏い付き、離れては呉れないのです。

【午前三時のティータイム -As dead as Dodo-】
Fee fi fo fum,tick tack tick. 紅茶はキーマンにしましょう。
バタつきパンが逃げないように、メイプルシロップたっぷり垂らす。
忘れ去られた兎が開く、深夜のお茶会。見てみたいなら、チェス盤の白い場所だけ跳ねていらして。
お土産に焼き立てのスコーンを頂戴。用意出来ない?なら、そうね。ストロベリージャムを撒き散らしましょう。

【廻る】
廃遊園地の木馬が謳う。
「死ぬのは恐ろしいが、朽ちることが同じで在るかと問われれば“否”だ。」
廻るものだ。地球も、年月も、時計も、想いも、イノチも、我等も。
くるくると、くるくると、苦しくとも、狂うとも、トケて、巡り、共に、ずっと。
螺旋のように、果てしなく。

【まるい鳥籠】
夕方の電気箱から聞こえる囀りは、特に騒がしい。
鷹の威を借る烏たちが、駒鳥を殺した烏をギャアギャアと責め立てる。
それを観て喜ぶ雲雀と、餌を見つけてしたり顔の椋鳥の群れ。
薄くてひらたい首輪がじゃらりと鳴って、やってきた嗄声の金糸雀がキイキイと憤っている。
嗚呼、早く朝になればいいのに。
死にたがりで眠たがりな愛しい小夜鳴鳥、今宵は叫び声で目覚めたりしないで。
此処は鳥籠。大きな大きな、まるい鳥籠。

【頭蓋を砕くビッグバン】
宇宙のように膨張して狂ってゆくわたしのせかい。宇宙は広がってゆくのでしょう?
知識を感情を覚えて呑み込んで広がるわたしのせかいは、膨張して破裂してしまわないの?
いつか、膨張した脳が頭蓋骨を砕いてあふれ出してしまわないのか、わたしは恐ろしくてたまらないの。
知識を感情を呑み込むたびに、わたしのせかいは狂ってゆくのだもの。

【赤い月に重ねた嘘】
思い出す、幼い時のあかい約束。

真っ赤な月を見て、だいすきだよって、手を繋いだ。
繋いだ側の手は、どちらだったか。あの、白い腕は、誰のものだったか。
苺の月を見上げて、思い出そうと記憶を辿って、思い出したくないのだということばかりを思い出す。
きっと嘘。ぜんぶ、嘘。

【こぼれるおと】
有線で流れていたクラシックを耳から引き剥がす。柔らかな、温もりのあるピアノ演奏。あたたかい音は好きになれない。
もっと硬質な、もっと危うげな、ぴんと張った糸を撫でるような、冷たい音が欲しい。
丸椅子を引く。鍵盤と向き合う。まず一音。一小節、二小節。上手くいかない。
どうしても、どうしても好きではない音しか出せない自分が悲しくて、ポツとこぼれた涙だけが底冷えした音で鳴るような気がして、いつも、好きになれない音を弾く。

【後ろの正面は私】
自問自答が鳴り止まない。
ヘッドフォンから流れてくるのは一昔前の、流行歌でもなかったけれど好んでいた陰湿なロックサウンドの筈。
なのに、なんで、どうして、鳴り止まない自問自答が頭の内から耳まで響いてくる。なんでどうして、なんて訊きたいのはこちらの方だ。
本当にどうしてだろうな?
割り込んでくる楽しそうな声は、すぐ背後に張り付いて、振り向いたってその主は見えやしない。
だって、自問自答なんだもの。


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