ほろ苦い夏 甘いクレープ

    

 曰く、『屋台もんは良い。あの、急いでまーすってのがヒシヒシ感じられる厚みと焼きの甘さのモッチリ感がたまらん』だとか何だとか。夏祭り会場、そんなこんなでクレープの屋台に並んでいたりする。
 そもそも外出が嫌いで、人混みはもっと嫌いなのだけれど、それを承知の上でこんなところに引っ張ってきた彼女は、自分とは裏腹にご機嫌だ。結い上げた髪。つまみ細工の簪。金魚柄の浴衣に兵児帯が揺れて、並んでいる列が進むたび、下駄を鳴らして楽しそうに跳ねる。
「なんだねなんだね楽しくないのかねー? 平成最後の夏とか以前に夏は夏なんだから、お祭りくらいはエンジョイしようじゃないのよヒキコモリめ。というか■■■さんが気合い入れておめかししたんだから甚平くらい着ようよTシャツとジーンズとか何よ? まあ夏は毎年くるけどもさ、平成最後の夏はこれが最後なんだぞー?」
 余程はしゃいでいるのか、いつにも増してよく喋る彼女の日本語はどうにもおかしいことになっている。
「夏をエンジョイ。ソレすなわち屋台もんのクレープ!」
 クレープとはそんなに美味しいものだったか、などと考えていると、どうやら注文の順番が巡ってきたらしい。どこか見覚えのあるボブヘアーの女性が、生地を包み紙にのせて微笑んだ。
「ご注文はお決まりですかー?」
 先ほどから連れはやいのやいのトッピングを連呼していて、そういうものに疎い自分でも、すらりと注文が出来た。
「チョコバナナ生クリーム、ふたつで」
「おふたつ、ですか?」
 怪訝な表情をされた。まあ、想定内では、ある。彼女と一緒に出掛けると、よくよくあることだ。別段気にはしないし、慣れてもいる。財布を探ると、丁度金額ピッタリの小銭があった。
「連れがいるので」
 成る程というものへ表情を変化させた女性は、薄い生地に手際よくトッピングをし、包み紙でくるりと巻いて、あっという間にふたつのクレープを差し出す。取り出しておいた小銭を、簡易のキャッシュトレーに乗せて差し出されたものを受け取った。チョコレートの、かおり。
「はい、丁度いただきますねー。ありがとうございましたー!」
 ヒラヒラ手を振る女性を横目に、とりあえず人気の少ない場所を目指す。
 

   * * *


 祭り会場の隅の隅まで歩き、やっと誰もいない場所を見付けて座り込む。揺れる赤い兵児帯も、カランコロンと下駄を鳴らす音も、今はさっぱりと消えていた。
 残ったのは、ふたつのクレープ。自分の分と、彼女の――自分にしか見えない友達の分。
「あれだけはしゃいでたくせに、ね。……ふたつとも、オレが食べるんじゃないか」
 遠くなった喧騒、近付いてくるのだろう遠雷、いつの間にか姿をくらましたオレだけの友達。夏は騒がしくて気まぐれだ。実にほろ苦いことだと思う。
 齧ったクレープだけが、ただ、ただ甘い。

 

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